2004年06月24日
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アキハバラ奇譚ズ 第3話 『あ、キハ、バラ奇譚』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 アキハバラ奇譚ズ 第2話 『暴き腹奇譚』より続く

 「編集長! 今度こそ素晴らしい奇譚を発見しました!」とボケ太が編集部に息を切らせながら飛び込んできた。

 「またパソコンゲームじゃないだろうな」と私は私は疑いの目を彼に向けた。

 「もちろんです! パソコンもゲームも関係ありません! 正真正銘の奇譚です!」

 「そうか。で、どんな奇譚だ?」

 「題して、あ、キハ、バラ奇譚。何とキハがバラ売りされているという事件の話です」

 「きは? なんだそれは?」

 「やだなぁ。気動車ですよ。ディーゼルカー。それのグリーン車でも食堂車でもなく普通車がキハですよ」

 「ディーゼルカーだと? そういえばアキハバラの近くに交通博物館があったな。埼玉に移転するとかいう話だが。展示車両の売却でも始めたか?」

 「いえ、鉄道模型の話です。けっこうアキハバラには、その手の店も多いんですよ」

 「それで、何だ? 鉄道模型のディーゼルカーがバラ売り? それがどうして奇譚になるんだ?」

 「普通はバラ売りされないからですよ。どんなに要望があってもメーカーが絶対にバラ売りを認めなかったんです」

 「分からないな」と私は絶望的な気持ちで、言った。鉄道模型など、子供の頃のプラレール以来触ったこともない。もっとも、ここでプラレールという言葉を言わないのは正しい選択だった。言っていれば、鉄道玩具と鉄道模型の違いを小一時間聞かされる羽目になっていただろう。

 「いいですか。キハ881系はですね。キハ881+キハ880+キハ880+キシ880+キロ880+キクハ881の6両固定編成で登場して特急山海に運用されていたんですが、途中から乗客が減って、キハ880とキシ880を抜いた4両編成で運用されるようになってしまったんですよ」

 「キロ? キクハ? なんだそれは?」

 「なるほど。キクハ一時の恥というわけですね? 編集長もなかなかセンスがありますな」とボケ太は私を褒め称えつつ何度もうなずいた。しかし、褒め称えられるようなことをしたつもりはない。本当に分からないのだ。

 「意味不明の言葉の説明はいいから、要点を言え!」

 「もう、編集長はせっかちなんだから。このキハ881系特急山海セットが頑固工房で模型化されたんですが、キハ881+キハ880+キロ880+キシ880+キクハ881の5両セットなんですよ。初期の編成にするにはキハ880が1両足りないし、かといって後期の編成にするとキシ880が余ってしまってリアルじゃないんです。だから、キハ880だけバラで売ってくれとみんな頼んだんですが、門前払い。みんな困っていたんです。しょうがないから僕もキシ抜きの4両で運転してましたが、残されたキシが自分も編成に入れてくれと泣いているように思えて、不憫で不憫で……」

 ボケ太はうつむいて涙ぐんだ。

 しかし、そこで顔を上げてはつらつとした表情で言った。

 「でも、今日はバラ売りのキハ880をちゃんを買えました。ほらこの通り!」

 ボケ太がポケットから小さな細長い箱を取り出すのを見た私は、その箱を取り上げて机の上に置いた。

 「取材中に趣味の私物を買ってるんじゃない!」私の蹴りが、ボケ太に決まって、ボケ太の身体が軽やかに宙を舞った。

 「もう一度取材に行ってこい」と私は出口をまっすぐ指さした。

 「バラ売りのキハ880の記事なら、マニアはみんな喜ぶと思うのに、編集長の注文は厳しいなぁ」と宙を舞ながら他人事のようにボケ太がつぶやいた。

アキハバラ奇譚ズ 第4話 『秋は薔薇奇譚』に続く

(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)

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